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フツーって言うなぁ!

フツーなサラリーマンのフツーな嘆き.

「人工知能は人間を超えるか」を読んだ

表紙に釣られて読みました.

著者,松尾豊先生は,日本における人工知能分野のトップクラスの研究者の一人です. Webにおけるビッグデータ分析と,その人工知能への応用について研究しておられます*1

松尾 豊

本書の主題として挙げられているのは,タイトル通り,「人工知能は人間を超えるか」です. 現在,Googleによるネコ画像の認識技術の公開や,IBMの質問応答システム「ワトソン」がクイズ番組で優勝するなど,人工知能分野は,メディア等でたびたび話題に上がる「春の時代」となっています. こういったものの裏返しとして,人工知能については様々な情報が錯綜していることから,「人工知能によってこれから実現するようになることと実現しないこと」,「人工知能の技術を使ってできることのうち,本当にすごいこととそこまですごくないこと」などを,研究者としての冷静な視点から紹介していく,というのが本書の目的となっています.

本書の流れとしては,まず,人工知能の現在までに至る研究の歴史を紹介し,人工知能の定義を,「気づくことのできる」コンピュータ,つまり「データの中から特徴量を生成し現象をモデル化することのできるコンピュータ」とした上で*2,これからの人工知能関連技術の発展についての著者の予測を述べるという形で締めくくられています.

人工知能研究の歴史

本書では,人工知能研究には大きく分けて,

  1. 第1次AIブーム:「推論」,「探索」をベースとした「古典的な」人工知能の時代(例:パズルを解くためのプログラム).パズルやゲームなどは高速に解けるようになったが,現実の問題が解けないため廃れてしまった.
  2. 第2次AIブーム:「知識」の導入による人工知能の汎用化(例:エキスパートシステム.人間がルールベースの「知識」をコンピュータに与えることで,病気の診断や投資判断などに役立てる).「知識」の定義は難しいことと,それを人間が与えるには莫大なコストがかかることがネックとなった(フレーム問題,シンボルグラウンディング問題).
  3. 第3次AIブーム(現在):「機械学習」の導入,特に「ディープラーニング」の発見による人工知能のさらなる飛躍(例:サポートベクターマシン,ディープラーニング).パターン認識の分野技術を応用し,大量のデータに対して分類器を構築することで,自動的な「学習」が行えるようになる.特に,「ディープラーニング」を始めとする「特徴表現学習*3」では,今まで手動で設定していた,分類のための特徴量についても,自動で構築することが可能になり,データさえあれば,ほぼ全自動で分類器を構築することができるようになる(「目が2つあって,ヒゲが生えてて…」のような「ネコらしい画像の特徴」を人間が与えることなく,ネコの画像とそうでないものを分類することができる).

の3つの時代があるとしています.

自分は情報系の大学出身ですが,人工知能については残念なほどにわかなので,人工知能研究の歴史的過程をまとまった形で知ることができただけでも,「この本を買った価値はあったな」と感じることができました. 特に,ディープラーニングについては,名前こそ聞いたことがありましたが,具体的に何か知っていたわけではなかったので…

また,自分が面白いと感じたのは,言語を「シニフィアン(記号としての言語,「ネコ」という字面,発音など)」と「シニフィエ(概念としての言語,「ネコ」というものは,目が2つで,ヒゲが生えてて…というアレ)」に分けた上で*4,「シニフィエ」に機械学習における特徴を対応させるという考え方です. 本書で挙げられていた例として,今までの人工知能は言語の「意味」を理解することができないため,シマウマを知らない状態で「シマのあるウマがシマウマである」という情報だけを与えられても,「シマ」と「ウマ」に対応する概念が理解できないため,「シマウマ」を理解できないという問題がありました*5. これに対し,「特徴表現学習」では,こうした概念を「特徴量」と「その値(概念)」をセットにして学習することができるようになるため,「シマ」,「ウマ」それぞれに対する「シニフィエ」を学習することができるようなり,後は,それらが「シマ」,「ウマ」であるという「シニフィアン」さえ与えられれば,上記の情報から「シマウマ」を新たに定義できるようになります. 言語の概念を機械的に定義する手法としては,Mikolovらのword2vecが有名ですが,こういった考え方自体は前からあったものだったというのが発見でした.

人工知能研究の「これから」

その後は,「特徴表現学習」という大きな武器を得た人工知能のこれからについての話になります.

詳しくは本書を読んでいただきたいのですが,「データから特徴量を学習する」という大きな山を超えた人工知能は,最終的には,人間の言語を(字面だけではなく,概念として本質的に)獲得し,大量にある言語データから知識を獲得できるようになる,と著者は予測しています. そうなった時,おそらく人間にはとうてい太刀打ちできないような「知能」が誕生するのでしょう.

同時に,著者は,少なくとも現状の研究を進めていくだけでは,「人工知能が自らより賢い人工知能を作ったり,人間を征服しようとしたりする」未来は訪れないとしています. 人間と違い,人工知能には「生命」が結びついていないため,自己を複製したり,何かを征服しようとする「本能」が存在し得ないから,というのが理由です.

完成した人工知能というのは,本質的にはただただ「世界の分類器」であり,世界中の事象をセンサから学習し,分類アルゴリズムにしたがって予測を行う,自分が子供の頃に描いていた「スーパーコンピュータ」のようなものなのでしょうか?

加えて,著者は,特徴表現学習によって生み出される「人工知能」が,必ずしも「人間の知能」を模倣したものにならない可能性を指摘しています. 特徴表現学習によってコンピュータが獲得する「概念」が人間のそれと必ずしも一致しないためです.

同じ「ネコ」というものを,人間とコンピュータが全く別の「概念」として認識するというのは,一見直観的ではないように感じられますが,よくよく考えてみると,人間一人一人にしても,同じものに対して同じ「概念」を持っているのではないので,不自然なことはないのだろうな,と思いました. もしこのギャップが本質的なものではなく,努力によって埋められるものであれば,コンピュータと人間の相互理解,なんてことも現実になるのかもしれません.

産業への影響

最後に,人工知能の飛躍によってもたらされる,産業への影響について述べられています.

読んでいて面白かった部分として,著者は,人工知能技術を一部の企業が独占することについての懸念を述べています. 特徴表現学習をはじめとするこれからの人工知能技術は,学習結果から,リバースエンジニアリングなどによってその中身のアルゴリズムを知ることが非常に困難です. そのため,一度よい学習アルゴリズムを作ってしまえば,それを秘匿した上で学習結果のみを公表する形でのビジネスモデルが形成可能であり,それを進めていくうちに,よい学習結果が得られるところにデータもどんどん集まっていく…という,独占の構造ができあがってしまいます.

様々なIT企業がこぞって人工知能分野に手を出しているのも,こういったことを睨んでということなのでしょうが,人工知能が人間を征服する世の中よりも,よっぽど起こり得るこわい話だな,という印象でした.


「シンギュラリティ(技術的特異点*6」という言葉があります. 定義はいろいろあるようですが,要するに,近々,人間より知性のある人工知能が誕生し,それが人間に取ってかわりこれからの技術革新の担い手となる,という考え方です. これまでも,人間の歴史の中でこういったパラダイムシフトは何度かありましたが,今度は,人間が最も誇りにしていた「知性」を機械に取られてしまう,というわけですね. そうなった時,人間はどうやって生きていったらいいのか,僕の人間の仕事はどうなるのか,というのは非常に考えさせられる話題でした.

また,本書の特徴として,なるべく数学的な話には触れず,直感的な理解を促すような例示をしながら解説するような配慮がなされている点が挙げられます. 人工知能に関しては,抽象的な話題が多くありますが,特に数学的な素養がなくとも読み進められるようになっており,これ一冊で人工知能の歴史と展望について,十分に理解することができるのではないかと思います.

「イヴの時間 劇場版」 [Blu-ray]

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*7

*1:自分も一度だけ講演を聞く機会がありました

*2:データを中心に人工知能を考えるのも,ビッグデータ分析に携わってきた著者の特徴的な考え方なのかな,と感じました

*3:"Representation learning"の本書における日本語訳

*4:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A8

*5:これを「シンボルグラウンディング問題」というそうです.初めて知りました

*6:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%9A%84%E7%89%B9%E7%95%B0%E7%82%B9

*7:本書帯のキャラクターは,こちらのアニメ「イヴの時間」に出てくるアンドロイド,サミィです.「イヴの時間」は,人間とアンドロイドの共生を描いた,非常に考えさせるSF作品なのでぜひ見ていただきたいです